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柴崎友香『千の扉』

作中明示はされていないが高田馬場の戸山団地が舞台。築40年以上を経過して住民は高齢化し、かつての活気は失われ、都心にありながら、時代に取り残された静謐な空間のよう。主人公の女性は、夫の祖父が長年住んでいたその一室に一時的に暮らすことになる。様々な登場人物による、過去と現在が入り混じった小さなエピソードが紡がれる。例えば、団地ができる前、戦争中の焼け野原の風景や陸軍施設があったこと。その場所の外形的な佇まいが移り変わっても、その場所は過去から現在までの時間をずっと携え、ふとした瞬間にそっと姿を現す。「柴崎友香は読者に「過ごしたかもしれない別の時間」「生きたかもしれない別の人生」「そうだったかもしれない別の存在」を想像させる」(柴崎 2020、312)。「柴崎の作品には、時間と空間に関する、独特の感覚がある。時間が過ぎてゆくこと、空間がそこにあることに対する、純粋な愛惜の感覚」(柴崎 2020、313)。岸政彦の解説に首肯する。

柴崎友香、2020、『千の扉』、中央公論新社。

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