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筆者は「戦中派」の範囲を「終戦(敗戦)時の年齢が28歳から18歳までの人たち(中略)大正6年から昭和2年生まれ、西暦だと1917年から1927年生まれ」(前田 2025、53)と定義する。「戦争によって最も深い痛手を受けた世代」であり、「特に戦没者が多かったのが1920~23年生まれ」(前田 2025、57)だという。また、山口瞳はこの世代を「戦争と青春期が合致している世代」(前田 2025、37)と言った。いわゆる世代論はあまり好きではないが、青春期において最も死と隣り合わせにあった世代であったことは疑いようがない。本書で取り上げられているのは、当時高等教育を受けていた、且つ金銭的にも恵まれていた文化人の卵たち。多くの貧しい庶民たちとは必ずしも、同じ空気を共有しているとは言い難いかもしれない。生き残った戦中派が何を語ったのか、これが本書の読みどころであろう。司馬遼太郎は高級軍人個々の本心は日本が勝てないとおもっていたはずだとしたうえで、「自分の保身のほうが国家の存亡よりも大事だった」(前田 2025、254)と切り捨てる。吉田満は「生き残ったことへの後ろめたさ」(前田 2025、310)を語る。古山高麗雄は戦前戦中も戦後も「錦の御旗に従わない人たちを、問答無用で排除しようする体質」(前田 2025、439)は何も変わっていないと嘆く。極めて特異な時代を「運」だけで生き永らえた彼らが残した言葉は、過ぎ去った過去の物語ではなく、現在につながっている。
前田啓介、2025、『戦中派──死の淵に立たされた青春とその後──』、講談社。

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