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映画『トニー滝谷』

ウトロ平和祈念館

「日本社会から「置き去りにされた」朝鮮人のまち」。パンフレットに書かれたこの言葉がウトロを端的に表す。戦前、軍の京都飛行場建設のため多数の朝鮮人が集められた。そしてその労働者たちの宿舎である飯場がこの地に作られ、それが戦後も置き去りにされた。戦前は日本人だと言われて日本国のために過酷な労働を強いられ、戦後は日本国籍を奪われ差別の対象にすらなってきた。国策の犠牲という一言では片づけられない。戦後もずっと同じ社会に共に生きるひとりひとりの人権が侵害され続けてきたという問題であるはずが、国も地域も人々もそれに加担し続けてきたのだ。4年前にもこの地で住宅を放火するヘイトクライムが起こった。歴史を知らないことの罪深さを思う。展示はウトロの歴史、背景と住民の抵抗の歴史、そして共生への希望が感じられた。本筋とは離れるが、展示のなかに戦時中米軍が作ったこの地域の航空写真があった。攻撃目標を見定めるため、どこに何の施設があるか番号が振られていた。日本全国がこのように精緻に調査解析されていたのだ。





ウトロ平和祈念館
訪問日:2025年11月15日

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