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坂口安吾は太宰治と並び称されることもある、無頼派とも呼ばれた作家。その彼の1950年前後に書かれたエッセイを収録した一冊。帝銀事件と下山事件について同時代の作家がどのように事件をみていたのか、その興味だけで手に取った。後々明らかになるこれらの事件の詳細を知っている身とすれば、安吾の見方は的を射ているとは言い難い。当時の報道を見聞きしているだけでは仕方ない面はあるが浅薄な見立てでいささか期待外れ。興味深かったのは、戦後6年にして日本が戦前の危険な方向に再び傾きはじめていないか憂いている点。「天皇制のために日本人の生活がどのくらい歪められていたか知れません。なにしろ偶像の実存を前提としているのだから」。「曲学阿世の徒と云われても、どうにも仕様がないのは、日本の国史家であろう」(坂口 2024、198)。「性こりもなく昔の愚かな日本が再び出来るかかるようなキザシに対して、腹の立たない方がフシギであろう」(坂口 2024、198)。戦後80年の現在にそのまま通じる。
坂口安吾、2024、『安吾探偵事件帖──事件と探偵小説──』、中央公論新社。

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