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自らの父親について、少年期の記憶の断片を探り、綴ったエッセイ。「人には、おそらくは誰にも多かれ少なかれ、忘れることのできない、そしてその実態を言葉ではうまく人に伝えることのできない重い体験があり、それを十全に語りきることのできないまま生きて、そして死んでいくものだろう」(村上 2020、33)。全くもってそのとおり、自分も同じ思いがある。父親とちゃんと向き合って話すことをずっと避けていた。話を聴くことが叶わなくなってからそんなことを悔やんでも遅いのに。「僕がこの文章で書きたかったことのひとつは、戦争というものが一人の人間──ごく当たり前の名もなき市民だ──の生き方や精神をどれほど大きく深く変えてしまえるかということだ」「歴史は過去のものではない。(中略)ここに書かれているのは個人的な物語であると同時に、僕らの暮らす世界全体を作り上げていく大きな物語の一部でもある」(村上 2020、99-100)。
表紙と挿絵に、台湾出身のイラストレーター高妍(ガオ・イェン)の絵が使われている。郷愁と静寂が感じられ、文章にそっと寄り添っているかのようだ。当時無名の彼女に依頼したのは村上自身だったと何かで読んだことがある。そういえば、村上の初期作品群で表紙を飾っていた佐々木マキや安西水丸の絵も、作品のノンシャランスな雰囲気に合っていたことを思い出す。
村上春樹、2020、『猫を棄てる──父親について語るとき──』、文藝春秋。
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