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柴崎友香『週末カミング』

原武史『象徴天皇の実像──「昭和天皇拝謁記」を読む──』

昭和天皇という存在は、戦前は、元首であり、陸海軍の大元帥であり、そもそも「神」であった。そして戦後は、憲法上は「象徴」とされ、それ以前に「人間」であるとされた。『昭和天皇拝謁記』は、戦後の1949年から1953年まで宮内庁長官を務めた田島道治が記した昭和天皇との対話の記録である。本書はそれをカテゴリに分けて読み解いたものだ。先の戦争は軍部の暴走によって始まったもので、昭和天皇自身は戦争を望んでいなかったとか、平和主義者だったとか、戦後は政治に口を出すことなく、まさしく「象徴」として存在した、漠然とそんなイメージを抱いていた。しかし実像は大きく違っていた。そもそも昭和天皇自身、「象徴」の意味を理解していなかった。「象徴を儒教的な「天子」と同一視し」、「大元帥と元首と象徴の区別ができていなかった」(原 2024、32)。また、退位論には神経をとがらせ、天皇の地位への執着も見え隠れする。軽武装論者の吉田茂には不満を持ち、再軍備を強く望み、共産主義を極端に怖れた。そして驚くべきは、戦争責任について「アマテラスに対する責任は感じていたのに」「国民に対する責任は感じていなかった」(原 2024、194)。今まで知られていなかった驚くべき実像が浮かび上がっている。平成天皇が、この昭和天皇の影響を受けることなく、先の戦争への理解と反省を持つ存在であったことは本当に幸運であったと思う。同時に今後、今の天皇制が維持されるとして、天皇がどんな思想信条を持つのか、それによって日本の国の形がどのように影響を受けるのか、注視しなければいけないとも感じた。

原武史、2024、『象徴天皇の実像──「昭和天皇拝謁記」を読む──』、岩波書店。

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