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柴崎友香『週末カミング』

原武史『戦後政治と温泉──箱根、伊豆に出現した濃密な政治空間──』

戦後政治が温泉と結びつき、そこに「奥の院」のような場が形成されていた。初めて知ることばかりで、興味深いエピソードが満載の本だ。吉田茂、鳩山一郎、石橋湛山、岸信介、池田隼人。首相として戦後政治を動かしてきた彼らは、一応に箱根や伊豆の温泉旅館や別邸に居を構え、週末に限らず、かなりの長期間東京を離れ、そこを政治空間としていた。休息の意味合いも無論あったが、それよりも世俗から離れた地でひとり、もしくは限られた人物とだけ接し、権謀術数をめぐらす。彼らと会うために他の有力政治家や政治記者たちはその「奥の院」に「参詣」していた。高速道路も新幹線も無いこの時代に、関東近郊とはいえ箱根も伊豆も移動には相当な金と時間を要したことは想像に難くない。政府に対する厳しい批判も少なくなかったこの時代だが、温泉地に籠ることには目立った批判は起きなかったというから現在の感覚では信じられない。特に吉田茂のワンマンぶりは際立つ。与党の幹部であろうと気に入らない時は追い返す。マスコミには合わない。足繁く通った忠臣だけに門を開く。首相を退いた後もそのスタイルを変えることなく院政を続けた。その吉田が自ら足を運んだのが、那須御用邸に籠る昭和天皇。俗世を省みず権力を揮う姿には民主主義の欠片も感じられない。そして驚くのは、昭和天皇もまた、戦後になっても「統治権を総攬する」かのような振舞いを続けていたことだ。日本国憲法に定められた「象徴」との立場を理解できていなかったのではと勘繰ってしまう。

原武史、2024、『戦後政治と温泉──箱根、伊豆に出現した濃密な政治空間──』、中央公論新社。

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