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沖縄戦を伝える県立の施設。沖縄戦では20数万が戦死したが軍人よりも一般人の死者が多い。米軍の攻撃はもちろんだが、自死の強制、飢餓やマラリヤ、軍人の敗走に巻き込まれて犠牲になった者もあった。地上戦は全く誇張でなく地獄絵図そのものだ。日本は米軍の本土上陸を少しでも遅らせるための時間稼ぎに沖縄を捨て石にしたのだ。そして戦後の現代においても本土防衛の最前線として米軍や自衛隊の基地が遍在する。
資料館のある場所は広大な公園になっている。そこには全国すべての都道府県の慰霊塔が建てられていた。そして広場の中心には円錐形の「平和の灯」があり、それを囲むように「平和の礎」と呼ばれる戦没者の名前を刻銘した100を超える碑が幾重もの波を象っている。沖縄県の死者、沖縄以外の各都道府県の死者、朝鮮や中国、加えて連合国側の死者までが刻まれている。改めて20数万という数に圧倒される。この公園は崖の上にあり、眼下にはおだやかな海が広がっていた。当時ここは米軍を逃れて彷徨い力尽きた死体が遍在していたという。
沖縄県平和祈念資料館
訪問日:2024年5月30日
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