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柴崎友香『週末カミング』

78年目の8月15日

 歴史から学ぶことができるただ一つのことは、人間は歴史から何も学ばないということだ

これはヘーゲルの言葉だそうだが、有史以来、現代に至るまで世界中で数多の戦争を繰り返している我々人間への大いなる皮肉だ。1,000兆円の借金を抱えている国が、さらに借金を重ねて軍事費を増大させようとしている姿を見ると空いた口が塞がらない。こんなことを拙速に決めてしまう為政者たちを見ていると、歴史から何も学ばないどころか、歴史を学ぶことすらしていないのではと、憎まれ口をききたくなる。

昨年の夏、平和祈念資料館の見学のために広島を訪れた。その資料館が立地している平和祈念公園の中心部に原爆慰霊碑がある。石碑には「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻まれている。よく知られている碑文だが、以前から「過ちは繰返しませぬ」という表現に素直に頷けないものを感じていた。まず主語が無い。誰が繰り返さないと言っているのだろうか。加えて、史上初の原子爆弾投下のよる未曾有の大惨禍を刻むにしては、「過ち」という言葉は少々軽すぎはしないか。現地を訪れて、この碑文の数か国語の翻訳が石碑の近くに置かれていることを知った。英語では次のように書かれていた。

Let All The Souls Here Rest In Peace. For We Shall Not Repeat The Evil.

主語は we であった。つまりはここを訪れて、これを読んだすべての人を指し示すのであろう。そして「過ち」は mistake ではなくevil = 悪 であった。日本語の「過ち」に比べてかなり強い表現ではないか。ちょっとした単語の選択の違いでもそれを読む人が受ける印象は違ってくる。

残念ながら「悪」は世界中に遍在している。それは私たち個々の心の中に潜んでいる。だからこそ私たちは歴史を学び、自らを戒め続けなければならないのではないのか。78年目の8月15日にそんなことを思った。

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