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大江健三郎『芽むしり仔撃ち』

高校生の時大江健三郎という作家を知り多くの小説を読み漁った。翻訳調とも言える文体は読み易いとは言えないが、荒唐無稽な物語世界、戦後の日本社会に対する批評性とそこで生きる個人の葛藤を併せ持つ作品群に強く惹かれた。その大江健三郎は残念ながら今年2023年3月に88歳で亡くなった。

『芽むしり仔撃ち』は1958年に出版された大江の初期の長編小説だ。太平洋戦争末期、山村に疎開した感化院の少年たちが、谷間にかかる唯一の交通路を遮断され、疫病が蔓延する村に閉じ込められるという架空の物語である。戦況の悪化で村は荒廃し、食料も水も乏しく少年たちは飢えに苦しみ過酷な生活を強いられる。

40年ぶりに読み返したのだが、やはりストーリーはほとんど覚えていなかった。しかし、作品の残虐で腐臭が漂ってきそうな描写に触れると初めて読んだ時の記憶や感覚が蘇ってきた。印象に残るのは、戦争と疫病という極限状態のなかで、人間の狂気が先鋭化してしまう姿である。感化院の少年たちは社会的弱者であり疎外者だが、疎開受け入れ先の村人たちは、最底辺の立場にあるその少年たちに対して暴力を重ねて虐げる。疫病が蔓延した村に閉じ込められたなかで一旦はそこに自由を感じた少年だったが、ラストには単独でその村を脱出するところで話は終わる。安部公房の『砂の女』の主人公が自由の身になりながら砂の中を脱出しなかったラストを思い出してつい比べてしまう。

人が望む自由とは何なのだろうか。自分は今自由のなかにいるのだろうか。

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大江健三郎、1965、『芽むしり仔撃ち』、新潮社。


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